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1999年 10月号 特集
ユニークなライトの建築理念 ライトの建築は、当時のアメリカの建築常識からすると、はるかに革命的で独特な発想から出発している。当時の建物というのは、ヨーロッパの建築理念が主流となっており、主なアメリカの建築家はヨーロッパに留学していた。「住宅というのは、外界から厚い壁で遮断して厳しい自然から人間を守るためのもの。」これが当時の建築常識であった。 ウィスコンシンの広大な自然の中で育ったライト。しかもヨーロッパに留学するチャンスには恵まれなかった彼は、住宅を自然の一部として位置付け、外界と調和の取れた建物を目指した。彼の目標とした住宅コンセプトで「草原住宅 (rairie house)」という言葉がある。これは、住宅を草原の大地を這うように建てる発想。晩年のライトは、この草原住宅の考えを更に発展させ、ユーソニアン住宅を設計。費用が安く、生活がしやすい個性的な住宅理念を打ち立てた。 彼は、こうした自然と調和した建築理念を「有機的建築 (Organic Arckitecture」と呼んだ。
フランク・ロイド・ライトの言葉 「自由は内面から生まれる。」 「より長く生きると、人生はより美しくなる。」 「私は神を信じる。ただ神は自然の中にある。」 「自然を学び、自然を愛し、自然と隣合って生きる。そうすれば決して失敗しない。」 「自然は神の具現だ。私は毎日自然に向かって、仕事のインスピレーションを得る。」 「ビルディングは、地球と太陽の子供だ。」 「偉大なる建築家は頭脳によってできるのではなく、開拓され豊かな心によってできる。」 「全ての偉大な建築家は、当然のこととして、偉大な詩人だ。自らの時、日、年を偉大に解釈するからだ。」 「建築家は予言者でなければならない。真実の意味の予言者だ。10年先を見ることができなくて、建築家と称することなかれ。」 「内面の空間が建築物の現実となる。」 「宇宙は芸術の息だ。」 「寛容と自由が偉大なる共和制の基礎だ。」 「自由なるアメリカ。先人が作ろうとした民主の国。これは、貧富関係なく個人の自由を意味する。我々が呼ぶ民主主義や民主政府は、ただ人を機械の奴隷とするか、人を機械と同等にする手段にしかすぎない。」 「ニューヨークは金力と貪欲、そして賃貸用の民族の偉大なる記念碑だ。」 「職業人と商売人の大きな違い。職業人にとって利潤を生むことは付属的なことであり、商売人にとっては最優先のことである。金は『量』を買うことができるが、限度がある。しかしそれ以上に大切なこと。それは『質』である。」 フランク・ロイド・ライトとアリゾナ 1927年ライトは、アリゾナを訪問。アリゾナ・ビルトモアの設計を依頼される。このプロジェクトはキャンセルとなるが、翌年チャンドラー博士(現チャンドラー市の生みの親)からサンマルコス・ホテルの設計を依頼され、再度アリゾナに。ホテルの近くに仮小屋を建て、アリゾナの生活を楽しむ。 高齢化するにつれて、冬のウィスコンシンはライトにとって苦痛となった。ついに1937年、冬季の生活及び仕事の場としてアリゾナを選ぶ。これが現在のタリアセン西。ウィスコンシンとは全く異なる環境での建築。彼は独自の建設哲学から、アリゾナの砂漠と調和するデザインと資材でタリアセン西を完成させる。こうして、一年の半分をウィスコンシン、あとの半分をアリゾナで過ごすことになる。いわば今のスノーバードの先駆けだ。彼が最期に息を引き取ったのもここアリゾナであった。アリゾナは、ライトにとって第2の故郷と言えようか。ちなみに、アリゾナ州立大学のギャメージ記念講堂は、ライトの設計。ライトの死後(1959年)完成した。 ライトは、アリゾナとタリアセン西の設計についてこう述べている。「私は感動した。砂漠の美、乾燥し澄んだ太陽光線に包まれた空気、荒涼とした幾何学的な山々に。我が故郷ウィスコンシンの緑豊かな田園風景とは強烈なコントラストを持って、この地域全体がインスピレーションそのものだった。そして突然、啓示と呼んだら良いようなものが、建物のデザインに現われた。このデザインは、それ自体がいきなり飛び出してきたのだ。」と。
タリアセン西
(Taliesin West)マクドウェル・マウンテンの山麓、スコッツデールの北部に600エーカーの土地を購入したライト。1937〜1938年の冬季に最初の建築が開始され、1940年までに完成。その後、彼の死の1959年まで建物を追加/修復し続ける。 中には、オフィス、設計スタジオ、台所、食堂、ガーデンルームと呼ばれるリビングルーム、キバ劇場、キャバレイ劇場、音楽パビリオン、ビジターセンターなどが建てられている。ここでライトは、生活をし、自ら設計をしながら、若い学生に彼の建築哲学と手法を教えたのだ。 タリアセンとは、ウェールズ語で「輝く額」の意。タリアセンは丘の頂上ではなく、額の辺りに建てられている。また、タリアセンは、ウェールズのドルイ教の牧師の名前でもある。この牧師は、イギリス諸島に伝わる宗教を守り、古代からの言い伝えを話し歌った。ライトが自分の中に流れるウェールズの血を大切したことがよくわかる。 ![]()
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