映画「アリゾナ」が1940年に完成すると、コロンビア・ピクチャーズ社は、このスタジオから撤退し、1944年にピマ郡に土地と建物の全てを寄贈した。
1940年から1946年の間、この地は実質的に野ざらしの状態で放置されていた。当然のことながら、スタジオ内の建物の屋根は落ち、雨と風と太陽光線で誰も寄り付かない荒れ地と化してしまった。
1946年、ツーソン・ジュニア商工会議所(通称ジェイシーズ)がオールド・ツーソンをピマ郡からリース契約で借りることにした。何とリース代は、年間1ドル。ジェイシーズがこの地を管理するようになると、映画のロケーションとして再び活動が始まった。
1950年代にはロナルド・レーガンが演出した「最后の砦 (The Last
Outpost)」、ジェームズ・スチュアートの「ウィンチェスター銃 '73 (Winchester 73)」、グレン・フォードの「決断の3時10分
(3:10 to Yuma)」など20本を越える映画が撮影された。
1960年にロバート E. シェルトンがオーナーとなり、オールド・ツーソンは、映画撮影のロケーションだけでなく、一般市民に開かれた遊戯パークとなった。オールド・ツーソン・スタジオは、オールド・ツーソン・カン