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フェニックス一帯はアメリカ南西部の中心地になりつつあった。1940年代の話。そして戦争。アメリカは、第二次世界大戦でパイロットの訓練に適した場所を必要とした。そこで注目したのがアリゾナの地。乾燥した空気。晴天に恵まれた空。広大な土地。パイロットの訓練にはうってつけのアリゾナに次々と訓練場が。ファルコン訓練場(後にメサ・ファルコン空港)、ヒグリー訓練場(後にウィリアム空軍基地)、スカイハーバー空港、ルーク訓練場(後にルーク空軍基地)リッチフィールドパーク訓練場(後にグッドイヤー空港)、そして、サンダーバード訓練場I(現在の大学院)とサンダーバード訓練場II(後にスコッツデール空港)。
サンダーバードには、アメリカ兵のみならず、イギリスや中国(蒋介石軍)からも若い士官が訓練を受けにやってきた。
当時、連邦議会は大量のパイロット訓練場建設や航空機の生産に費やす予算承認を拒否し続けた。そこで、米陸軍のハプ・アーノルド将軍は、ハリウッドのスター達に資金援助の話を持ちかけた。ジャネット・ガイナー、ジミー・スチュアート、ヘンリー・フォンダ、ホーギー・カーマイケル、リーランド・ヘイワード、など、当時の売れっ子スターは、積極的にこの話に応じ、あっという間に100万ドル集まってしまった。1940年代の100万ドルだから、巨額の資金援助が成功したのだ。
こうして、1941年3月23日に訓練場が完成。1945年の終戦までに、16,000人以上の士官が飛行技術の訓練を受けた。
戦争が進む中で、ついに議会が予算承認を行い、資金の問題がなくなったが、その日まで毎月2万5千ドルの燃料費をハリウッドのスター達は援助してきた。
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