2003年 3月号 特集

 
フェニックス動物園を歩く

Phoenix Zoo

 

フェニックス動物園は、創立40年を迎えたばかりだ。この40年間、フェニックス市民は、子供の手を引き、あるいは、乳母車を押し、家族連れでここを訪れて楽しんできた。  今月は、このフェニックス動物園を歩いてみよう。

 

動物園の概要

非営利動物園としては全米最大級の規模を誇るのが、このフェニックス動物園。1400種類以上の動物が世界中から集められており、また、アリゾナを含めたアメリカ南西部特有の動植物も見ることができる。

場所

動物園は、フェニックス、テンピ、スコッツデールの市境にあるパパゴ公園の中にある。パパゴ公園は、フェニックス市営の公園で、フェニックス動物園の他、砂漠植物園(Desert Botanical Garden)やハイキングコース、ピクニック場が設けられている。  直ぐ南にはフェニックス市営野球場があり、オークランド・アスレチックスのスプリング・キャンプに使われている。  住所455 N. Galvin Parkway, Phoenix, AZ 85008

開園時間

動物園は、クリスマスを除いて毎日開園。夏(6月から8月)は、午前7時から午後8時。冬(9月から5月)は、午前9時から午後5時まで。

入場料
冬シーズンと夏シーズンで入場料が異なる。冬料金は、大人12ドル、シニア9ドル、小人(3?12才)5ドル、2才以下無料。夏料金は、大人9ドル、シニア7ドル、小人(3?12才)5ドル、2才以下無料。また、園内で使える車イスや幼児を乗せるストローラー(一人乗と二人乗)も賃貸?オている。 www.phoenixzoo.org

ズーライト

毎年12月1日から1月初旬までのホリデー・シーズンには、園内の木々に色とりどりのライトが備え付けらる。ズーライトと呼んで、夜の10時まで開園し、ライトの作り上げる様々な芸術を楽しむことができる。

トレイル

アリゾナの砂漠を歩いて、アリゾナ特有の鳥や動物を見ることができるように設計されている。カクタス・レンなどアリゾナを代表する鳥がサワロ・カクタスの穴から顔を出したり、ボブキャット、アメリカンライオン、狼が(ほとんどの場合)横になって寝ている。
◎アリゾナ・トレイル (Arizona Trail)
アリゾナの砂漠を歩いて、アリゾナ特有の鳥や動物を見ることができるように設計されている。カクタス・レンなどアリゾナを代表する鳥がサワロ・カクタスの穴から顔を出したり、ボブキャット、アメリカンライオン、狼が(ほとんどの場合)横になって寝ている 。
  ◎トロピクス・トレイル (Tropics Trail)
トロピカルな原生林に入っていく。象、オセロット、オラウンタンなどを見ながら、熱帯地を歩く。
◎ディスカバリー・トレイル (Discovery Trail)
昔ながらの農園を思わせるような設計で、馬、羊などが飼育されている。子供が楽しむには最適で、プレイグランドもある。
  ◎アフリカ・トレイル (Africa Trail)
どこの動物園に行ってもこれだけはいるという、ライオン、トラ、シマウマ、チータなど。アフリカのサバンナを想像させるように設計された丘にキリンがゆっくり木の皮を食べているのが見える。

 


フェニックス動物園の始まり

フェニックス動物園は、たった一人の夢から始まった。彼の名は、ロバート・メイタグ。フェニックスに動物園を。この夢を実現しようと彼はひたすら働いた。資金調達と動物の獲得に奔走。まもなく、彼の住むパラダイスバレーの家は、さながら小動物園となった。彼の自宅の裏庭からは、トラ、ロバ、オウム、フクロウ、ゾウの赤坊などの声が一面に轟き渡った。

もちろんパラダイスバレーの近隣は苦情を訴える者もいたが、町総体としてはメイタグの夢の支援者だった。彼は、地域の人たちに訴えた。「資金調達が早くできれば、それだけ、動物園の設立が早まり、そうすれば、この近辺は静かになるのです。ご協力を!」

こうして、1962年11月。ついにフェニックス動物園がオープン。当時はおりが並べてある中に動物が入っているといった簡単な作りだった。

1962年の春に突然この世を去ってしまった。そして、彼の死後6ケ月後に彼の夢が現実となったのだ。そこで彼の功績を称えて「メイタグ動物園」と命名された。その後、メイタグの遺族の要請で、「フェニックス動物園」と改名された。

動物園の発展

開園後10年間の経営は、困難を極めた。政府の支援はなく、入園料と市民からの資金援助に頼らざるを得なかったからだ。 しかし、少しずつ動物も増えていく。開園の翌年、1963年にアラビア・オリックス。1965年はグレンデールに来たサーカス団が残していったライオンを獲得。

1970年代には、アフリカのサバンナに似せた風景の設計を取り入れた。こうして、これまでの鉄格子が無くなり、堀が築かれ、空間がぐっと広がった。

動物の種類は確実に増えていく。1974年に黒ひょう、エルドリッジが到着。エルドリッジは、タイにいたCIAのパイロットが飼っていたペットだった。1975年にゴリラのヘーゼルが園内で出産。1980年には、フェニックス動物園で初めてチータが生まれる。1987年には、人気者の象の?泣rーが鼻でブラシを使って絵を描き、世界的な関心を集めた。1988年にはスマトラ産のトラが2匹到着。1994年には、ブラジル産のオセロット(ヤマネコ)を輸入。翌年にメキシコカン・ウルフ(オオカミ)が。1996年にフェレット(ケナガイタチ)。1997年にクマが到着した。

これらの動物はすっかり市民の人気の的となっていったが、1991年にゴリラのヘーゼル、1998年にゾウのルビーが死に、多くの市民の涙をさそった。

ルビーの話

インドゾウのルビーは、フェニックス動物園にとって忘れられない存在だ。

ルビーは、1973年にタイで生まれ、生後7ヶ月でアメリカに送られてきた。アメリカに到着するとすぐにフェニックスへ。スカイハーバー空港に到着したルビーは、とても小さく、おりを含めて総重量350ポンドだったという。男性二人が担ぎ上げ、トラックに乗せて、動物園へ運ばれた。

動物園のトレーナーが宝石のルビーのようだと言って、このぞうを「ルビー」と名付けた。ルビーは、その後動物園内ですくすくと育つが、まだ幼いルビーはあばれん坊で、体が大きくなるにつれて危険な存在になってきた。

そこで、70年代後半に若いトレーナー、ジョニー・スチンソンがルビーを訓練してもっと優しい動物にしようと決意する。彼女は忍耐強くルビーを訓練し、その成果が確実に出てくる。

動物園では、ルビーの癖に気が付いた。スチンソンがいない時、ルビーはひとりでいる。すると、長い鼻を使って地面の砂上に何やら模様を作ったりしている。その模様の意味は不明だが、ルビーは結構楽しんでやっているのだ。

80年代、トーニー・カールソンというトレーナーがルビーに何か教えたいと考えた。そこで、絵を描かせようと思う。ルビーが地面に何か落書きをしている時、カールソンは、ルビーの鼻に棒を持たせる。ルビーはその棒で落書きを始める。早速、ルビーはさんざん誉められ、ご褒美の食べ物をもらう。これを繰り返してまもなく、今度は筆を持ってボール紙を撫でるように教えられた。そして、筆に絵の具を付けると、ボール紙に色が。これを見てルビーは喜んだ。

こうして基本を学んだルビーは、いよいよキャンバスの前に立つ。横には絵の具が入ったバケツがいくつもある。そしてパレットが。ルビーは、自分で色を選び、カンバスに塗りたくる。ゾウは色盲だ。いや、ルビーだけは色がわかるのだ。等々、いろんな論議があったが、とうとう結論は出なかった。

もともとルビーの絵描きは、気晴らしが目的で、動物園としては、外に公表する意志は全くなかった。しかし、ゾウが絵を描くという話が園外に伝わるや否や、一気に世間の関心が集まる。新聞、雑誌が大きく報道した。スミソニアン協会やナショナル・ジオグラフィック誌から写真家や記者達が殺到する。ルビーとルビーの絵は、一夜で世界の注目の的となった。

こうした熱い世間の目をよそに、動物園側には大きな懸案があった。地球上のインドゾウは、その数をめっきり減らし、絶滅の危機にある。タイのジャングルで生まれたルビーは、遺伝学上、非常に貴重な存在なのだ。国際的な動物園協会との連係で、フェニックス動物園は、ルビーを妊娠させ、子供を生ませることに決定。

最初は、人工受精を試みようと、いくつかの動物園と協力してみたが、いずれも失敗。これまでの例から、動物園内のゾウの妊娠は25才までが限度だ。ルビーは当時22才。時間が限られている。

1995年、ルビーは、オクラホマ州のツルサ動物園に送られた。そこには雄のインドゾウ、スニージーが。2年の滞在。1997年妊娠が確認され、同年10月にフェニックスに戻ってきた。ゾウの妊娠期間は、22ヶ月。すでに10ヶ月が過ぎ、フェニックスで残りの12ヶ月をすごすことになった。

フェニックスに戻ってきたルビーの体は、全て順調だった。1998年10月末、ルビーは出産の徴候。ところが、何も起こらないまま数時間がたってしまう。関係者の顔が曇った。

やむなく10月31日に手術。なんと、赤ちゃんはルビーの体の中ですでに死亡していた。流産だった。しかもルビーにも命の危険が,,,。動物園側の必死の努力にもかかわらず、ルビーはこの世を去る。

ルビーの死は、動物園にとって大きな衝撃だった。また、ルビーを知る市民もその死を悼んだ。しかしルビーが遺した絵は今だに微笑んでいる。





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