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想像を絶するエネルギーと負けじ魂の男。1880年代後半にイリノイ州からアリゾナに来た彼は、アリゾナの砂漠に鉄道網を作り上げる目的があった。ところが、彼のもとに飛び込んで来た話は鉄道でなく、ダムと用水路の建設だった。マーフィーは困難を承知で、喜んでこの話を受けた。
このプロジェクトは、ソルトリバーから44マイル北西のアグア・フリア・リバーまで灌漑用水路を築いて結び、アリゾナの農業用地を拡大しようとするものだった。早速建設作業を始めた彼に襲ったのは、巨大な財政難だった。
問題は建設費だけでなく、実際に用水路完成後にそれを支える運営費も欠落していた。人口も財源も僅少なアリゾナの現実があった。州外から資金を求める以外に方法がなかったが、州外の投資家や銀行は用水路の将来にいたって懐疑的で、中々話に乗ってこない。当然、マーフィーはとてつもない借金を抱えることになってしまった。
しかしながら、あきらめることなど知らない彼は工事を続行した。225頭のラバを駆使して土砂を運び、様々な技術的な難問を乗り越えて、1885年5月についにアリゾナ・カナルと呼ぶ用水路が完成した。最初の水が水路を流れた時、勝利の歓声が上がった。
用水路建設と同時に彼が手掛けたのは、人の移住だ。なにしろ人口が少ない。用水路を引いてもそれを支えるだけの農業人口がなければならない。彼は主にシカゴで知りうる限りの人々に声をかけた。その結果、シカゴにあったドイツ人の教会がそっくり移住してくることになった。
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